時空を超えて

7月からスタートした実務者研修の土曜日クラスには、初日が誕生日の生徒さんがいました。皆でお祝いをして、ハッピーな雰囲気で幸先良くスタートを切れました。さすがの湘南ケアカレッジでも、初日はお互いにどうしても緊張感がありますが、こうした授業とは関係ない出来ごとが起こると、生徒さんたちは一気に和み、学校や先生方との距離感が近くなるはずです。

 

 

開校当初から誕生日祝いは行ってきて、もう200名を超えるであろう生徒さんたちにバースデーソング&ケーキをプレゼントしてきました。「誕生日祝いをしていて、あのとき良い学校だなあと思いました」と卒業生さんから言われることもあり、ずっと続けてきて良かったなと思います。

 

授業が終わったあと、誕生祝いをさせてもらった生徒さんが私の元に来てくれました。御礼を言われるのかと思っていたら、「Kさんってご存じですか?」と聞かれました。Kさんと言われても卒業生さんにたくさんいますので、「下の名前って分かりますか?」と聞き返したところ、「K山〇〇さんです」と返ってきました。私はピンときました。ケアカレの卒業生かと思っていたのですが、実は昔、大手の介護スクールで一緒に働いていた仲間のひとりでした。

 

「もちろん知ってるよ。で、なんでKさんのこと知ってるの?」と尋ねてみると、「今、僕、ケアに入っているのです。『明日学校に行くんです』と言ったら、『どこの学校?』と聞かれたので『湘南ケアカレッジです』と答えたら、Kさんが『そこの学校、知っている人がいるよ』という話になりました」と教えてくれました。

 

Kさんは筋ジストロフィーを患っています。今からちょうど20年前、大手の介護スクールで働いていたとき、私とほぼ同年代ですから、彼も25歳ぐらいでした。彼は残っている筋肉と杖を使って立派に歩くのですが、一度転倒してしまうと自分ひとりで立つのに苦労します。突然、ドスンと大きな音が響いたと思ったら、彼が転んでいたなんてこともよくありました。

 

当時の事務所が入っていたビルは、23時になると1階の玄関の扉が閉まってしまう設定になっており、それ以降に帰社する際は一旦、地下1階までエレベーターで降りて、そこから階段を登って、1階の裏口から退出することになっていました。健常者であれば何てことないのですが、Kさんは階段を登ることができないので、23時を超えてしまうと大変な事態になります。それでも、たまに仕事が忙しすぎて23時を超えても誰も気づかないことがあって、皆で協力して彼をおぶって階段を上がって帰るなんてこともありました。今となっては懐かしい思い出ですが、彼はおそらく100kg近い体重があったので、若かった私たちでも背負うのは大変でした(笑)

 

彼はもちろん力仕事や階段しかない教室・実習先回りなどはできません。そんな彼が、苛酷な環境(当時は月500時間労働)で、果たしてどこまで持つのか、私たちは疑問と不安を感じていました。いや、正直に言うと、彼のことまで考えてあげる余裕など、時間的にも心理的にも、私たちにはなかった気がします。

 

そんな私たちの心配をよそに、彼は自分にできることを見つけ、それを精一杯にやりました。彼にしかできないこともありました。複雑なパソコンの操作や激務の中での丁寧な電話応対。そして、何よりも、彼がスタッフに加わってからというもの、私たちの職場の空気は少しずつ変わっていったのです。一緒に働くスタッフたちが、彼のことはもちろん、お互いに助け合ったり、声を掛け合って気遣ったりするようになったのです。

 

ともすると、私たちはできないことばかりに目が行ってしまいがちですが、他人のために自分には何ができるかを皆が考えるようになったのです。彼の人柄の素晴らしさと、懸命に働き、生きる姿が、私たちを大きく動かしたのです。それは私たちにとって、利用者とスタッフという関係ではなく、一緒に働く仲間として、共に生きるという貴重な体験でもあったのです。

 

その後、私は広島に転勤となり、彼は転職しましたが、年賀状のやりとりは続いていました。しばらくして町田で介護の学校を始めたことも伝えました。今、彼は横浜に住んでいるようです。一度、学校に遊びに来てよと言いながらも、あっという間に10年が経ってしまいました。音信不通ではないものの、結局のところ、彼とは大手の介護スクールの横浜支社で一緒に働いて以来、20年間会うことはありませんでした。

 

そんな彼のケアに湘南ケアカレッジの卒業生さんが入っていると聞き、私は感慨深いものがありました。上手く伝えわらないかもしれませんが、20年の歳月を経て、つながったという達成感を覚えたのです。湘南ケアカレッジの生徒さんが、私の20年来の仲間であるKさんのケアに入る確率はどれぐらいでしょうか。また、そのことが卒業生さんから私に伝わる可能性はどれほどでしょうか。それは奇跡に近い、恐ろしく低い確率だと思います。

 

 

なぜそのようなことが起こったのか、現実的に考えてみると、先生方が一人ひとり丁寧に向き合って教えてくれた生徒さんが、初任者研修と実務者研修を合わせると5000人を超え、神奈川と町田の地域で活躍しているからだと思います。ただ研修を受けた人数が多いということではなく、人間同士として縁のあった生徒さんが5000人を超えたということです。縁や和や関係性を10年かけてコツコツと積み上げてきたからこそ、今回こうして遠いところまでつながったのです。

 

「オーロラの彼方へ」という昔の映画を最近観ました。30年前に生きていた父親と無線がつながるという感動のストーリーです。爆発事故で亡くなってしまった消防士の父と時空を超えて語り合うことで、問題を解決し、未来が変わるというタイムトラベル的な内容。ありえない話かもしれませんが、今は亡き誰かと時空を超えて話してみたいという気持ちは分かります。あのときには伝えられなかったことを今なら伝えられそうですし、あのときは気づかなかったことに今ならば気づけるかもしれません。彼らの無線は太陽フレアの活性化による異常気象が原因で、次元が歪んだことでつながったのですが、私とKさんもそれぐらい奇跡的に、20年の歳月を経て、時空を超えてつながったように感じました。

 

 

この体験を通して、私は湘南ケアカレッジの第1ステージが終わったのだと何となく思いました。巡り巡って、ひとつの到達点に達したと思えたのです。町田にあるひとつの小さな学校として、ひとまずできることはやり切った気がします。一段落ついたあと、何をどうすべきなのか、今は答えやビジョンは全く持ち合わせていませんが、来年からは先生方と一緒にそろそろ次のステージに進まなければいけないと考えています。