タイムループから抜け出すために

今年もあっという間に終わろうとしています。この時期になると、昨年もしたことをしたり、昨年も行った場所に行ったりすることが多く、もうあれから1年経ってしまったのだと切実に感じることがあります。次年度のシフトをつくったのが1年前とは思えないとか、昨年も同じ時期に北海道に行ってあれからもう1年経ったのかとか、などなど。まるで昨年も今年も同じことを繰り返している、いわゆる「タイムループ」しているような気になることもあります。

「タイムループ」とは、直訳そのまま時間が繰り返すことです。「アバウトタイム」や「恋はデジャブ」、「夏への扉」、「MONDAYS」など、映画や小説でもタイムループものはたくさんあって、物語の主人公が同じ期間を何度も繰り返します。作品の中では、そのあり得ない設定を楽しむことができますが、いざ現実世界に戻ってみても、私たちは毎日同じような言動を繰り返しながら生きているのではないかと、ふと思うことがあるのです。

毎朝、同じような時間に起きて、身なりを整え、朝食を食べて、自転車に乗って同じ道を通って駅まで行き、その途中で同じ人とすれ違って、職場に着いたら窓を開けて、…など。私だけではなく、他者の言動を見ても、毎日毎週ほとんど同じような言動を行って過ごしているのではないでしょうか。毎年同じ時期になると、必ず電話がかかってきたり、会いに来るなんて人もいるはずです。つまり、私たちはある意味、タイムループしているのではないでしょうか。

 

そのことに気づいたのは、他者を観察してからです。たとえばAさんは会社に来ると、大体決まった行動をして席に着きます。左右を見まわして、コピー機の横にある不要紙を手に取りながら、冷房が24度の強に設定されているかを確認し、違っていればその設定に直します。そして、ごみ箱の位置がズレていれば手で戻し、椅子を引いて、必要以上に勢いをつけてグシャっと座り、ひとつため息をつく。そもそも、入り口のドアの開け方から同じなのです。Aさんは扉の取っ手を静かに引いて、スルリと入り、音がしないように手を添えつつ扉を戻すのに対し、Bさんは思いっきりドアを開けてそのまま入って来るので、扉は戻って「ゴン!」と音を立てます。AさんとBさんのドアの開け方は全く違うのに、Aさんは毎日同じ開け方で、Bさんも毎日同じように入ってくるから不思議です。

 

行動だけではなく、話す言葉や内容も同じです。言葉や会話はその人が頭で考えている内容とほぼ一致しますので、よほど意識していないと、考え方が現れてしまいます。ああ言えばこう言うではありませんが、このような問いかけに対して、Aさんはこのように返してくる、Bさんはあのように反応するというのがある程度読めるのです。AさんとBさんがこの状況で話をすると、このような会話をしているということが大体把握できるということでもあります。あくまでも客観性を装って他者について書いているように見えますが、実は自分自身も同じです。癖と言ってしまえばその通りですが、客観的に観れば、私たちは同じような言動をして毎日を送っているのです。

 

そのことに気づいたとき、私は軽い絶望に駆られました。同じような日々を繰り返して生きていることに、その中でも歳だけは重ねてしまっていることに、そしてそのタイムループから抜け出すことは簡単ではないことに、押しつぶされそうになったのです。余程のことをしないと、私たちはタイムループからは抜け出せないのです。今の仕事を辞めて海外に移住したり、家族を捨てて飲み歩いたりするぐらいの逸脱をしなければ、私たちは毎日同じようなことを繰り返してしまうのです。そんなことはほとんどの人々にとって難しいはずですから、ある程度のタイムループを私たちは受け入れなければいけません。同じような毎日毎週毎年を繰り返しながら、私たちは死に近づいていくのです。

 

 

そんな中でも唯一の希望としては、いつもとは違う場所に行くこと、会ったことのない人や滅多に会わない人に会うことで、タイムループからわずかでも逃れることができることです。自分がタイムループから抜け出すということは、他者にとってもタイムループから逃れていることになります。そこが大事です。ひとりの言動の違いによって影響を受ける他者のタイムループまで変わってしまうのです。それは小さなことでも良いのです。いつもと違う席に座ったり、いつもと違う言葉をかけたり、いつもと違う道を歩いたりするだけで、バタフライ効果のように、周りの人たちのタイムループも少し変わるはずです。劇的には変わらなくても、意識して少しずつ変わることで、長い目で見ると実は大きく変わるということにならないでしょうか。良く考えると、私たちはひと月ごとに全く違う生徒さんたちと出会って、かかわりを持っているからこそ、タイムループからは抜け出しやすいかもしれませんね。