「しわ」

卒業生にすすめられて観ようと思っていたのですが、映画館には間に合わず、DVDが発売されてようやく観ることができました。映画「しわ」は、高齢社会や認知症の現場をアニメーションで描き、スペインのアカデミー賞と言われるゴヤ賞で最優秀アニメーション賞と最優秀脚本賞を受賞したのもうなずける、素晴らしい作品でした。観る前は、なぜアニメ?と思っていましたが、アニメーションだからこそ、リアリティに溢れる描写が成立することを知りました。淡々と真実に迫ってくるようで、観ているこちらも苦しくなってくるのですが、最後は少しばかりの救いもあって、観終わったあとに色々と考えさせられる映画でした。

かつて銀行で支店長まで勤めたことのある主人公エミリオは、アルツハイマー病の進行に伴い、養護老人ホームに入れられてしまうことになります。そこで出会った様々な人たちの言動に驚き、戸惑いつつも、自分の人生の喪失感とも向き合い、受け入れなければならないことに気づかされ始めるのです。相部屋の住人ミゲルの言うように、「現実から目を背けて空想の世界に生きる」か「徹底的に現実を見つめる」か、そのどちらかにしか生きて行く道はないということに。結局、主人公のエミリオは、どちらかを選ぶ前に事故に巻き込まれ、その選択の余地さえも奪われることになってしまうのですが。

 

この映画で描写されていることは、多少の脚色はあるにせよ、実際の現場をリアルに映し出していると思います。私も自分の曾祖母や祖母の入居している施設や、こういった仕事柄、たくさんの現場を垣間見てきましたが、いつもそこで感じることは、人生の最後にこそ、その人らしさが最も現われるのではないかということです。いつも笑顔であいさつをする方、大きな声で怒っている方、常に歩き廻っている方、静かにイスに座って日向ぼっこをしている方、仏頂面の方、話したがりの方、そこには学校や社会にあるような人間の統一性がないのです。あらゆるものを自分から取り去っていったときに残るのが、本当の自分ということなのでしょうか。

 

だからこそ、どれだけ凸凹があって苦しい人生であったとしても、最後の最後だけは幸せだと感じて生きたい。そこに至るまでの道程が最後の生き方に凝縮されるのだとすれば、最後の日々のためにも、それまでを精一杯、誠実に生きたいと思います。終い良ければ全て良しではありませんが、「人生はくだらない」と言って憚らなかったミゲルが、最後には周りの人々にささやかに尽くすようになったように、最後の日々に向けて準備をしなければなりません。そして今、その最後の日々を支えているのは介護をする私たちでもあるのです。