「傾聴力」

「傾聴力」というタイトルからは、人間関係を良くするための聞く力のような自己啓発的な内容を想像してしまいますが、実はそうではありません。著者は緩和医療を専門とする医師で、これまで1000人以上の患者を看取った経験から、心を傾けて聴くことの大切さを説きます。特に、生と死に向き合わなければならない介護や医療のような世界で生きる人々にとって、この本で語られている傾聴力は大いに役立つことは間違いありません。役立つという言葉が適切でないとすれば、必要であると言い換えてもらってもいいでしょう。

 

かつて紹介した本「生命学をひらく」(森岡正博著)の中で、こういった場面が挙げられていました。真っ暗な夜に患者さんのベッドのそばに行って、もうすぐ死ぬと分かっている患者さんから、「自分はどうなるんでしょう」と言われたとき、あなたたちならどうしますかと。同じような質問が、この本でも提起されています。「私はなぜ生きているのでしょうか?」と自分の人生の意味を問われたら、あなたらならどうしますかと。もちろん正解などありません。

 

ひとつのヒントとして、著者が引用したキューブラー・ロスの言葉が私にはしっくりと来ました。

 

もし患者に、自分の人生の意味は何なのだ、と聞かれたら何と答えるべきだろうか。医者が一般的な言葉でこれに答えられるとは思えない。人生の意味は人によってさまざまであり、時々刻々変化するものだからだ。大切なのは一般的な人生の意味ではなく、いま現在のその人にとっての人生の意味なのだ。

 

(「死ぬ瞬間」キューブラー・ロス)


 

つまり、人生の意味という一般論はなく、その人それぞれにとって意味は異なり、また同じ人でもその時々によって違うということです。だからこそ、一般論を語ることに意味はなく、人生の意味を問うている人は、実は人生に意味を問われているのだと知ることが重要なのです。それさえ分かれば、自分が答えを求める必要はなく、相手にとっての人生の意味は何なのだと聴いてあげるということになります。「これまでのことを教えてください」と彼、彼女の物語を聴いてみること。それこそが著者の主張する「傾聴力」に他なりません。

 

その際、どうしても聴くのがはばかられることがあります。たとえば、「もう死にたい」、「生きる意味が見つからない」、「私はどうすればいいのですか?」と問われたとき、「どうしてそう思うのですか?」とどうしても聴けない、もしくはそう思うのも当然だろうと思うと言葉が出てこない。そんなとき、私たちは沈黙してよいのだと著者は語ります。むしろ答えなくて良い。葛藤の中の沈黙は傾聴そのものだという言葉に、私たちは安心するのではないでしょうか。

 

その他、緩和ケアにおけるスピリチュアルペインの話からコミュニケーションの手法まで、介護や医療の現場だけではなく、生きてゆく上で誰もが知っておくべき知恵が満載です。ぜひ手に取ってみてください。