夜明けのすべて

1月からスタートした実務者研修の初日の他己紹介にて、衝撃の事実が発覚しました。たまたま前後に座った二人の生徒さんたちがペアを組み、他己紹介をするためにお互いのことを話していたところ、なんと相手は自分の家族(親)の訪問介護に入っているヘルパーさんであることが分かったのです!そんなことってある?というのが二人の正直な想いでしょう。自分の家族のケアに入っているヘルパーさんと同じ学校で同じクラス、しかも初日の席が前後に座ってペアを組んで他己紹介するなんてあり得ません。こういうのを天文学的な確率、もしくは奇跡的というのでしょう。

そんな話を聞いて、先日、映画館で観た「夜明けのすべて」を思い出しました。平日の夜だというのに会場は満席。両隣りに知らない人が座って映画を観たのは久しぶり。開演する前から期待のハードルは高かったのですが、それを遥かに超えてくる素晴らしい作品でした。どれぐらい良かったかというと、最初から最後までポップコーンを一度も口に入れることなく観入ってしまったぐらい。冒頭の上白石萌音さんによるナレーションからすでに引き込まれてしまいました。

 

ストーリーとしては、PMS(月経前症候群)によって月に1度、気分が極端に落ち込んだり、イライラが抑えられなくなって他者に当たってしまったりする症状が出る藤沢さんと、その小さな町工場の同僚である山添くん、そして二人を取り巻く優しい人たちの温かい日常の物語です。山添くんもかつては華やかなコンサルティングの会社で働いていたものの、パニック障害を発症してからは、電車に乗るなどの当たり前にできたことができなくなり、様々なことをあきらめながら生活をしていました。そんな二人は、自分のことはコントロールできないけれど、互いを救い合えることもあることに気づき始めます。

 

人はそれぞれ自分ではコントロールできない部分を多かれ少なかれ抱えており、それが分かりやすい形であれば障害や病気と名付けられ、生きづらさと共に助け合いながら生きています。誰かのできないことを一緒にしてあげて相手を救えることもあれば、誰かに助けてもらうことを通して実は相手を救っていることもあるのです。映画の中に、昔の人は地球の周りを太陽が回っていると考えていたけれど、太陽からしてみればそれは思い上がりで、実は地球が太陽の周りを回っていたのだという話が登場します。私たちは他者を助けているつもりでも、実はそのことで自分も救われているのかもしれません。藤沢さんと山添くんは互いの周りを回りながら救い合い、さらにその周りにも多くの人たちが関わり合いながら回っているのです。実務者研修で巡り合った二人も、目に見えないところで互いに助け合っていたことが、たまたま他己紹介を通して分かったということですね。

 

星が放つ光はかなりの時間を経て私たちの元に届くというエピソードも素敵でした。北極星から地球までの距離は431光年と言われており、1光年とは光が1年で進む距離ですから、私たちが今見ている北極星の光は431年前に放たれたものです。それは極端なたとえですが、私たちの言葉や行動が誰かに届くのも時間がかかることがあるということですね。映画の中では、町工場の社長さんの亡くなった弟が残した肉声テープを聞いて、藤沢さんと山添くんが影響を受けるシーンがありました。夜明け前が最も闇が深い、暗闇の中にいるからこそ、星の美しさがはっきりと見えるという弟さんからのメッセージを、時空を超えて藤沢さんと山添くんは受け取ったのでした。

 

昨年、私が20年以上前に勤めていた大手の介護スクールで一緒に働いていた友人のケアに、卒業生さんが入っていたという奇跡もありましたね。友人は筋ジストロフィーを患っており、訪問介護を利用しているのですが、まさか卒業生さんが行っているとは…。卒業生さんが実務者研修に参加することを聞いた友人が「どこの学校に行くの?」と尋ねたところ、「湘南ケアカレッジです」と返ってきて、「それ村山さんがやっている学校だよ」ということでつながったそうです。卒業生さんが実務者研修に来てくれた際、「よろしくお伝えくださいと言われました」と彼の名前を言ってくれました。それがきっかけとなり、彼とも久しぶりに会って食事をすることができました。私たちが湘南ケアカレッジを通してやってきたことが長い歳月を超えて私の友人に届いたのです。

 

 

介護の世界は狭いからこそ、縁やつながりを大事にしなければいけません。目の前の人に全力を尽くすということでもあります。たとえ誰も見ていなくても、未来に向けて、誰かのために仕事をする。そうすると、めぐりめぐって、いつか自分にも返ってくるはずです。それこそ10年単位。私たちはそんな不思議な世界に生きているのです。