「ペコロスの母に会いに行く」

入院中の私の母へのお土産として買った漫画です。病床で読むことができる軽いものと思って買って、実際に読んでみると、実に味わい深い。母に渡す前に、私自身が全て読み切ってしまいました。その後、退院した私の母が友人に貸したところ、「長崎弁もなつかしくて、すごく良かった」と言われ、そのままプレゼントしたとのこと。それじゃあということで、もう1冊購入し、今、私の手元にあります。今年の秋には映画化もされるようで、楽しみですね。

ストーリー(内容)としては、認知症の母を子(ペコロス)がユーモアと愛情をもって描くというものです。亡くなった父がふと訪ねてきて、あたかもそこにいるように会話をしたり、自分の子(ペコロス)がまだ子どもだと思っていて、急に頭の毛がなくなったと驚いたり(笑)。個人的に好きなのは、おじさまが自宅に訪ねてきて(この方も認知症です)、お茶を出して、ひとしきり話をして、帰られると、また戻ってきて、お茶を出して…というエンドレスループの話です。また、自分がヨチヨチ歩きをしていた小さい頃、母に手を取られていたシーンと、今は自分が母の手を取って歩いているシーンが交錯するところもしみじみとさせられます。

 

「さっき、父ちゃんが訪ねて来なったばい

なあユウイチ 私(うち)がボケたけん父ちゃんが現れたとなら

ボケるとも悪か事ばかりじゃなかかもしれん」

 

こうした日々を過ごす中で、母のこうしたセリフを受けて、「僕は、母がうらやましいと思う。認知症になって、母の中に父が生き返ったのだから、ボケることもそんなに悪いことばかりじゃないんだ、と」筆者は綴っています。認知症における良い面だけを見ているという指摘もあるかもしれませんが、著者にとって母の認知症とはそういうことなのだと思うのです。

 

認知症の人という枠で考えると、どうしても見当識障害、失語、失行などの認知障害であったり、強迫症状や妄想、幻覚といった精神症状であったり、徘徊や失禁、不潔行動などの行動症状であったりと、進行性の病気という認識になってしまいます。もちろん、学ぶ上ではそういう知識はとても大切なのですが、それだけではないはずです(ちなみに、著者は、この漫画を描くために、ホームヘルパー2級の講習を受けたそうです)。

 

認知症の母ではなく、母の認知症と考えられるかどうか。どちらが頭にくるかどうかという問題ですが、前者は母が認知症に乗っ取られてしまっているのに対し、後者は母の一部が認知症という意味合いになります。著者が後者の立場で母の世界を見ているからこそ、この物語が切なく愛おしいのだとだと思います。グループホームにいる祖母に、今すぐ会いたくなりました。