私は誰になってゆくの?

この本の著者クリスティーン・ボーデンさんは、輝かしい経歴を持つ上級行政官であった46歳のとき、若年性のアルツハイマー病(65歳以下の人に起こる認知症)と診断されました。「この病気は、その人がその人らしくあるものから多くを奪っていきますが、もっと病気についてよく知ることによって、より早期に診断がなされ、患者やその家族たちが病気を理解し、うまく対処できるようになることを願ってこの本を書いた」とクリスティーン・ボーデンさんは言います。

アルツハイマー病にまつわる誤解として、たとえばアルツハイマー病が原因で死ぬことはないとか、老人だけの病気であるとか、単に記憶を失うだけというものがある。以前に紹介した映画「明日の記憶」でも、アルツハイマー病と診断を受けた主人公が医師に対して、「バカなこと言ってんじゃないよ。老人の病気じゃねえか!」と怒る場面がありましたが、まさにそういうことです。一般の人にとって、アルツハイマー病はまだまだ誤解の多い病気なのです。

 

アルツハイマー病の患者の生存予想年数は、診断後およそ8年とされ、ものごとのやり方(車の運転や電話のかけ方など)を知る能力を段々と失い、ついには身体を機能させることも忘れてしまう。たとえば、飲み込み方を忘れてしまうので、喉に食べ物を詰まらせて亡くなってしまう患者も多いのです。

 

この本が貴重なのは、一般的にアルツハイマー病は少しずつ進行するため気づかないことが多く、また自分に起きている変化を記録できない傾向があるので、患者本人が書いた本は多くないからです。「アルツハイマー病になると、どんな感じなのか?」という章に書かれている、著者の言葉は胸に突き刺さります。アルツハイマー病の患者から見た世界が、実にリアルに表現されています。

 

「今日はどうでしたか?」のように聞かれても、答える言葉を見つけるのに苦労する。今日は何曜日か?午後か午前か?今日何をしていたのか?思い出すためには、いつも半狂乱になって考えなければならない。

 

もっと困るのは、「娘さんたちはどちらですか?皆さん、元気ですか?」というものだ。不意に尋ねられても思い出すことができないし、娘たちがどこにいるのか思い出せないという罪の意識で、ストレスさえ感じてしまう。

 

(中略)

 

まるでコンピューターのことを言うようだが、私は一度にひとつしかウインドウが開けられないし、ひとつしかアプリケーションを起動させられない。先のような質問を尋ねられる、そのたびごとに、私はウインドウやアプリケーションを開くことをしなければならないので、時間が掛かってしまう。

 

(中略)

 

一生懸命にやろうと努め、よく休息を取り、少しも疲れていない限り、私は大丈夫だ。そのときはほとんど正常と言っても通るだろう。でも心の中では、まるで爪を立てて絶壁に張り付いているように感じている。そこに居るためには、大変な努力がいる。コントロールを失うことは、すっかり「イカレてしまう」ことだった。