「1リットルの涙」

ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患った主人公を描くドラマ「僕のいた時間」(三浦春馬さん主演)が始まり、なぜかふと思い出したのがこの「1リットルの涙」です。「僕のいた時間」は少ししか観ていないので分かりませんが、「1リットルの涙」は完成度が高く、あの沢尻エリカが好演していることも含め、このドラマを通して脊髄小脳変性症という病があること、そして病と闘い続けた木藤亜也さんの存在とその人生を知った人は多いはずです。私を含め、ドラマを観てからこの本を手に取った方もいたのではないでしょうか。クオリティの良し悪しはあるにせよ、こういったドラマによって、病気が一般にも周知されていくことの意義は少なくないと思います。

 

人間の脳には、約140億の神経細胞とその10倍もの神経細胞を支える細胞があります。脊髄小脳変性症は、これらの神経細胞のうち、反射的に身体のバランスを取り、素早く、滑らかな運動をするのに必要な小脳や脳幹、脊髄の神経細胞グループが変化し、最後には消えていってしまう病気です。

 

初期症状としては、自分で身体がふらつくと感じるそうです。次第に歩くときに支えがいるようになり、さらに進行すると一人で足を揃えて立つことができなくなります。話すのも発音が曖昧になり、字を書くことも難しく、食事をするのも飲み込みに時間がかかるようになります。この病気の怖いところは、原因が分からず治療方法も開発されていないため、10年~20年単位でわずかずつだが確実に症状が進んでいくことです。

 

15歳で病魔に襲われた亜也さんは、最も多感な時期を病気と闘うことと共に過ごし、発病6年目にして、一人で生活ができなくなったとき、母である潮香さんにこう尋ねました。

 

「私はなんのために生きているのだろうか?」

辛くても努力して頑張り、精一杯闘ってきた結果が、期待した人生と逆行していったことにより、“生きている価値がない。生きがいもない。迷惑人間だ”と自分を責めていた。“どうしてわたしだけこんな体になった。生んでくれなければよかった”などという、他を責めるような言動は一度も出したことがなかった。それだけに親面して、どう答えることができようか。

 

私も思っていた。この子は病気で苦しむために生まれてきたのだろうか、と。

いや違う。そんなはずはない。

だけど、このままだったら一生懸命に勉強や苦手な運動をしてきたことが何一つ役に立つことなく終わってしまう。どんなに無念で悔しいことだろう。

生まれてきて良かった、生きていて良かったと思える、自分の存在価値を見つけてやらなければ、亜也は生きる気力をなくしてしまう。

 

それは何か。何があるのだろうか。


 

そして、母はこう亜也さんに言ったのでした。

「病気や障害を持ちながら懸命に生きている人は世の中にたくさんいる。亜也もそうした闘病記はたくさん読んだでしょう。亜也も励まされたことがあったでしょう。お母さんは考えているの。一つには、お母さんの今日までの人生と亜也の20歳までの人生には大きな違いがある。亜也の歩調は、ゆっくりだが11歩が重い。心を込めて大切に1歩を踏み出してきたと思う。だから、亜也の歩いてきた人生にはお母さんも教えられたり、励まされたりしている。

 

もうひとつは、亜也は生きることに精一杯頑張っていると思う。胸を張って言ってもいいと思う」


 

母は亜也さんに書くことをすすめたのです。それが亜也さんが生きることであり、生きる支えとなったのでした。亜也さんは25歳で亡くなり、母潮香さんがその日記をまとめたのがこの1冊です。