先日、授業が終わったので教室を軽く掃除していると、突然電話がかかってきました。「卒業生のSの母です。今からそちらに伺ってもよろしいですか?」と尋ねられたので、「もちろんです。今、教室にいますのでお待ちしております」と返答し、電話を切りました。Sくんは昨年の9月頃の卒業生ですが、彼のことはとても良く覚えていました(台風の影響で来られなかったことなど)。はじめて卒業生のお母さまがいらっしゃることに驚きつつ、彼の近況を知りたいという思いで一杯でした。しばらくして教室の扉の前に現れた女性は、まさにSくんのお母様でした。容姿だけではなく、その雰囲気さえもよく似ていたのです。
お母さまの第一声は、「いつか御礼を言いたいと思っていたんです」。教室の椅子に座ってもらい、そこから堰を切ったように始まったSくんとお母さまの物語に、私は耳を傾けたのでした。
湘南ケアカレッジに来るまえ、彼は2年ほど引きこもりの生活を送っていたそうです。看護師になろうと、看護の専門学校に通ったのですが、そこは実習や試験や課題におけるダメ出しの毎日。現場に行ったらこんなものではないという名目の下、精神的にも肉体的にも厳しい指導が行われていました。その教育の是非はともかくとして、彼はその教育についていくことができず、自信を失い、学校を休みがちになり、あと少しのところで単位を落としてしまいました。
学校はいったん休学して、もう1年、下級生と共に頑張るという選択肢もありましたが、最終的には退学という決断をしました。その頃から笑顔が消え、看護学校の知り合いに会うのが嫌で、昼間は家にこもり、夜突然に散歩に行って朝まで帰ってこないような日々。もう自分には未来がない、俺の人生は終わりだと思い詰め、そういったことを母親に向かって口走ったり、姉に八つ当たりしたこともあったそうです。怒鳴られたり、八つ当たりされたりするのは我慢できても、お母さまにとって最も辛かったのは、Sくんが笑わなくなったことでした。
そのSくんがふとしたきっかけで「介護職員初任者研修」を受け始め、5日ほどたった頃、食卓でポツポツと研修の話をするようになったそうです。
「あの先生があんなこと話していて、面白かった」
「実技演習ではこんなことして、あの人があんな風にして、楽しかった」
と思い出すように話し、
「今日は通信添削課題で100点を取って、褒められた!」
と喜んでいたそうです。
そのとき、お母さまが見たのは、彼の2年ぶりの笑顔だったそうです。
彼が笑った話を思い出しながらされるお母さまの目には、涙が浮かんでいました。自分の子どもが2年間も笑わない日々を想像するだけで、私にもその気持ちがよく分かりました。彼が湘南ケアカレッジに来てくれて良かったと思いますし、介護職員初任者研修を受けてくれたことがきっかけで彼の人生が前進し、またそんな形で周りの人々も幸せにすることができたことを誇りに思います。彼は今、施設で介護の仕事をしながら、社会福祉士を目指しているそうです。