「下流老人」

キャッチ―なタイトルと新幹線内で焼身自殺を図った男性の事件と出版のタイミングが重なり、あっと言う間に世の中に知れ渡った本書。ソーシャルワーカーとして、生活保護や生活困窮者の支援に携わってきた著者は、高齢者の貧困という見えにくくなっている問題をパンドラの箱を開けて取り出し、少し先取りして私たちに見せてくれています。平均的な給与所得(400万)があるサラリーマンでも高齢期には貧困に陥るリスクがある時代に生きる以上、実は誰もが無関係ではいられません。まずは問題を正しく認識しなければ、それを解決することはできない。著者のそんな心の声が聞こえてくるような気がしました。


この本でいう「下流老人」とは、生活保護基準相当で暮す高齢者、およびその恐れがある高齢者のことを指します。下流老人の具体的な指標として、以下の3つの「ない」が挙げられています。

 

    収入が著しく少ない

    十分な貯蓄がない

    頼れる人間がいない(社会的孤立)

 

生活保護の受給者を年齢別に見ると、50%以上が60歳以上という高い数値を示しており、社会全体の高齢化と生活保護の受給者の増加は密接な関係にあります。高齢(65歳以上)になれば誰しもが、ちょっとしたきっかけで(たとえば親の介護、子どもがワーキングプア、病気や事故、離婚など)、上の3つの「ない」に当てはまってゆく。ひとつだけならまだしも、ふたつ、みっつと「ない」に該当するようになると、生活はひっ迫され、苦しくなります。まもなく、日本の高齢者の9割が下流化する、という著者の言葉もあながち大げさではないのです。

 

下流老人の何が問題なのかというと、親世代と子ども世代が共倒れすること、価値観の崩壊、若者世代の消費の低迷、少子化の加速にまで波及するからです。今の高齢者の生活が苦しくなることで、私たちだけではなく、未来を担う子どもたちの生き方までが変容してしまうということです。


元をたどってゆくと、すべては少子高齢か社会という人口構造の問題に突き当たります。この話をするとキリがなくなるのでやめておきますが、今の40歳前後の団塊の世代の子どもたちが社会的な溝に落ち、仕事を得られず、子どもを産めなかったことが全てを変えてしまったのです。

 

それでは、どうすればいいのでしょうか。個人的な防衛策として、著者は「生活保護等の社会制度を知っておくこと」、「今のうちから介護や病気に備えること」、「プライドを捨てること」、「貯蓄をすること」、「地域社会・活動に積極的に参加すること」などを挙げています。


ただ、それだけでは十分ではなく、下流老人は国や社会が生み出すものであるという著者の主張はその通りだと思いますし、これまでの制度設計ではもはや解決できない問題であるということなのです。たとえばフランスでは、かなり前から舵を切って少子化対策に取り組んできて、その点においては一応の成功を収めています。


つまり、私たちは社会のシステムを変えていかなければならないということです。そのためには、私たちが持っている常識や制度に対する思い込みを一旦捨てて、何ができるのかゼロベースで考えていくことが大切なのだと思います。