「認知症をめぐる今の問題の多くは、病気そのものが原因ではなく、人災のように感じています」という言葉から、樋口直美先生の講座はスタートしました。卵のたとえを使って、多様なストレスによって周りの殻が割れ、暴言や暴力などBPSDという形で感情が白味のようにあふれ出て、それでもその人らしさという黄味は残っている。周りの人たちには卵を持つかのように優しく接してもらいたいし、たとえ割れてしまったとしても、あふれ出した白味ではなく、その人らしさという黄味の部分を見てもらいたいと樋口先生は語ります。頭では分かっていることですが、当事者から生の声で言ってもらうと、心に響くものがありました。やはり当事者の言葉は強いですね。
認知症は病気ではなく、複数の認知障害があるために社会生活に支障をきたすようになった状態のこと。原因疾患としては、アルツハイマー型認知症や樋口先生自身が当事者でもあるレビー小体型認知症、脳血管性認知症などがあります。昔は認知症の症状がかなり進行してから発覚することが多かったのですが、最近はかなり早期から周りが気づくようになったこともあり、本人と周囲の理解や工夫により、今までの生活を続けられる可能性は高いと樋口先生はおっしゃいます。
そもそも認知症の有病率(病気にかかっている率)は、年齢と共に上がっていき、90を超えて100歳に近づくにつれて、80%に近い人々が認知症になります。年齢を重ねると肉体が衰えて、動かなくなっていくように、脳の認知機能も衰えて、上手く働かなくなっていくのは当然なのです。自分は認知症にならないと思っている人も多いのですが、長く生きれば自然と誰もが認知症になるのです。
そうした当たり前の摂理に立った上で、抗認知症薬の効果や使用について、樋口先生は自身の経験も踏まえて疑問を投げかけるのです。実は抗認知症薬は進行を遅らせる薬ではなく、40人に1人にしか高い効果を示しません。フランスでは2018年にすでに抗認知症薬は保険の対象から外れています。樋口先生自身には抗認知症薬が効果を示しましたが、残りの39人にとってはせん妄等の副作用しかないとも言えるのです。使ってみて効果がなければ薬をやめる、副作用が大きくても薬をやめるのが正しい選択ですね。
講演後半のレビー小体病の当事者ならではの話には迫力がありました。幻視の話(はっきりと見えるので、どれが本物でどれが幻視か分からない)や料理の話(段取りが難しかったり時間の感覚がバラバラであったり、嗅覚が失われてしまっていることなど)は笑い話を交えながらも、実際にあった経験を当事者の口で語るからこそ、うなずきと新しい感覚の発見の連続でした。卒業生さんたちも身を乗り出して聞いていました。
最後に樋口先生は、認知症があっても大丈夫というメッセージを投げかけてくれました。「私は壊れていくのかな?」と利用者さんから聞かれて困っているという卒業生の質問に対して、「『壊れませんよ。安心してください』と言ってあげてください」と断言された樋口先生は、言葉が適切かどうか分かりませんが、とても格好良かったです。当事者が人の前に立って大丈夫だというメッセージを送り続けることで、たくさんの人たちが救われて、これからも救われていくのだと思います。そんなひとつの機会をつくれたことを誇りに思います。