「苦しい時は電話して」

坂口恭平さんによる、自殺者をゼロにしたいという想いで書かれた新書です。彼の著書である「独立国家のつくりかた」も最高傑作でしたが、今回の「苦しい時は電話して」も素晴らしい内容になっています。帯に090-8106-4666という坂口恭平さん本人の携帯電話番号が大きく掲げられているように、彼は「いのっちの電話」という、死にたい人であれば誰でも電話できるサービスを無償で行っています。バカげていると思われるかもしれませんが、本当の話です。ずっと前から彼がひとり公共機関としてこのサービスをやっていたのを私は知っていますし、幸いなことに私は電話したことはまだありませんが、彼が死にたい誰かの話を聞くことで多くの人々が救われてきたのは事実だと思います。

 

実は坂口さん本人が躁うつ病で、死にたいという願望を抱え、常に生と死の間をさまよっていると言っても過言ではありません。死にたい人が死にたい人の電話を受けるのですから、お互いの気持ちが分からないわけはありませんし、話すことでお互いに救われるということです。本書はそうした死にたい人たちとのやり取りを通じて考えたことや、死にたいと思う気持ちや状態を極めて冷静に、客観的に、哲学的に考察したことが、当事者であり第3者の視点で見事に描かれています。

 

彼によると、死にたい時は全く同じ状態だそうです。彼だけではなく、電話をしてくれる他の人たちも全く同じ状態。死にたくなる状態とは、熱が出たり、咳が出たり、血が流れたりすることと同じように、どんな人にも起こりうる症状だと言います。生きている中ではいたって普通のことなのです。具体的には、死にたい時とは、脳が誤作動を起こして、何でも反省してしまっているときなのではないかと言います。彼は破壊的反省と表現しますが、自分が乗っ取られてしまう感じだそうです。それはあくまで状態であって、死ぬまで続くわけではなく、必ずやまた抜け出して、健やかに過ごすことができるようになるにもかかわらず、その状態にいるときはここからは絶対に抜け出せない思えてしまうのです。

 

うつと言うと、私も一度だけそのような状態になったことがありました。まだ20代の頃、とにかく忙しくて、朝7時に起きて深夜1時までぶっ続けで働き、自宅に帰って3時までには寝るという生活を、ほとんど休むことなく、土日祝日も関係なく送っていた時期がありました。今となっては完全な違法状態ですが、当時はそのあたりの認識は会社にとっても従業員にとっても薄く、月の労働時間が500時間に達することは普通でした。そんな生活を2年ほど続けていたある日、いつものように朝起きて、準備をして自宅を出た瞬間、「会社に行きたくない!」という考えが、突然、疾風のように私の頭を乗っ取って、激しく揺さぶってきたのです。自分の脳が乗っ取られる感覚は生まれて初めてでした。あまりの衝撃に驚きつつも、うつ病は脳の器質的な病気であることを知っていたので、ああ、これがうつの症状かと冷静になれたのが良かったと思います。頭を引きづるようにして出社して、何とか仕事をこなしているうちに、いつもの自分に戻ったのですが、あそこで完全に乗っ取られていたら、その後どうなっていたか分かりません。脳が過重なストレスによって疲れることがあって、それがうつの原因だと身をもって理解しました。だからこそ、そういう場合はまず身体と脳を休めるに限ると今は分かっているので、そうなる前に実践することができます。

 

坂口さんは、反省することは禁止するが、悩むことは悪くないと語ります。死にたいほど悩んでいるということは、実は何か自分にとっての願望があるということなのです。そこに気がつくことができると、死にたい気持ちは少しずつ消えていくそうです。彼は死にたいと電話を掛けてきた人の話を聞いて、それから好きなことを尋ねます。そうすると、意外にも映画が好きで映画を撮りたい、音楽が好きでジャズ喫茶をやりたい、などの願望が出てくる。そんなこんなを話しているうちに、思考が変わっていくそうです。つまり、死ぬと決めている人ですら実は、とても固まった思考の中にいるからそうなっているのであって、そこから離れたら、死ななくて良いと思えるはずなのです。他の思考回路をつくってあげることが大事なのだそうです。

 

さらに坂口さんは、死にたいというのは向上心だとも言います。今よりも充実して生きたい、楽しいことを求めまくっているからこそ、ありのままを受け入れられず、死にたいと思ってしまっていると。つまり、今とても死にたいということは、今とても生きたいということなのだと。死にたいと悩む自分やその気持ちをポジティブに語りながらも、坂口さんは自分なりの解決法を考えます。その中でも最も効果的なものは、毎日1時間でいいから、何かをつくることだと言います。死にたいと思う多くの人々は、何かをつくることに向いているのではないかとも言います。毎日時間を決めて、創造すること。死にたいとき=つくるときなのです。逆に言うと、何かをつくることによって死にたいという状態から抜け出せる可能性があるということですね。

 

 

最後まで読んで、これは死にたい人のためだけの本ではなく、私たち誰にも当てはまる生き方や考え方の本だと思いました。今よりも充実して生きたいという気持ちの裏返しとして、私たちは多かれ少なかれ、現状が受け入れられずに思い悩み、死にたいと思うほどに苦しくなってしまうこともあるかもしれません。しかし、それは創造するための力になり、そのような気持ちが強い人ほど、毎日、何かをつくり続けることで自らを救うことができるのです。何をつくるかは人それぞれだと思います。もしかすると、その何かをつくることを止めた(止められた)とき、私たちに生命の危機が訪れるのかもしれません。