キャリアの三角形の話

先日、卒業生さんがうまい棒を持って、顔を出してくれました。彼とはもう長い付き合いで、湘南ケアカレッジを卒業してから働き始めた介護施設で5年目になります。昨年、無事に介護福祉士試験にも合格し、晴れて介護福祉士になりました。そのタイミングで介護職の人たちは新たなチャレンジの意味も含めて転職をしたいと思うようになるのですが、彼もその例にもれません。同じ施設で5年間も働いていると、途中に別のフロアに異動になったりもしましたが、基本的には毎日同じことの繰り返しに思えてきます。もちろん、日々、利用者さんの状態や周りのスタッフの関係性、そして自分自身も少しずつ変わっているのですが、大きな目で見ると、変り映えしないルーティンワークが延々と続いているように感じられるのは仕方ありません。介護福祉士を取ったことを機に、心機一転、キャリアアップの意味も込めて、新しい職場や仕事に挑戦したいと思うのは自然なことです。

彼が前回相談に来てくれたときは、今は特別養護老人ホームで働いているのだから、次はデイサービスで働いてみるのも良いし、グループホームで働くことで認知症の勉強にもなるかもしれない。訪問介護も意外といけそうだし、もしかすると高齢ではなく障害の分野の方が合っている可能性もある。最近は介護タクシーを始める人も増えているから、独立を視野に入れても面白いかもしれない。などなど、今とは違った環境で働くことで、新たな経験を得られることについて話しました。

 

さすがにまた同じ話をするのも何なので、今回はもう少し踏み込んで、キャリアの広げ方について話してみました。これは決して私が考え出したものではなく、藤原和博さんという教育者が語っていることですが、とても分かりやすくて的を射ているので紹介させてください。「3つのキャリアを掛け算して、100万人に1人のレアな人材になろう」と藤原和博さんは提案し、その中でキャリアの三角形の話が登場します。

 

社会に出たとき、私たちはあまり深く考えることなく、当時たまたま自分が就けた仕事をスタートするはずです。その仕事が何であれ、まずは1万時間を費やしてその仕事を身に付けます。1万時間というのは、何かを修得するときにかかる最低限の時間の単位です。1日8時間、週40時間働くとして、1か月で160時間、1年で1920時間、真剣に取り組めば、約5年ちょいで、その仕事をあらかたマスターすることができるということです。おそらくその時点で、あなたはその分野では100人に1人の人材になっているはずです。

 

 

そうこうしていると、転職や異動などで新しい仕事をするにあたって、私たちは次の一歩を踏み出します。同じ業界や会社の中の少し違った仕事をする人が多いと思いますが、全く違う職種や業界に飛び込む人もいるはずです。いずれにしても、次の仕事に踏み出すことがキャリアの三角形の底辺になります。次の仕事でも同じく1万時間を費やして経験や知識・技術を得るとすでに100人に1人×100人に1人、つまり、本人は意外と気がついていないのですが、10000人にひとりの人材になっています。

そして、三角形の頂点を決める、最後のステップが最も大切です。藤原和博さんは最後のステップは思い切って全く違うところに踏み出してみてもらいたいと主張します。キャリアの三角形で大事なのは、実は三角形の面積なのです。最初のステップは社会や人生について何も知らない若い頃に決めた点にすぎず、2歩目も関連した業種や領域に移っただけでそれほど大きく踏み出せなかった人がほとんどでしょう。底辺がそれほど長くない状態で、最後のステップも小さくしか踏み出さないと、最終的なキャリアの三角形の面積は非常に小さなものになってしまいます。これが最後のステップだと思ったら、思い切ってジャンプするぐらいの挑戦の方が結果的にあなたの仕事の幅は大きく広がるはずです。

 

卒業生の彼は、頭が柔軟で我慢強いので、ひとつのことを長く続けることができるタイプであり、介護の業界に入る前は運送業の裏方(倉庫の管理や出し入れ等)を長くしていたそうです。そこでの経験やスキルがどのようなものなのか想像がつきませんが、2つ目のステップとして全く違う介護の世界に飛び込んできたということは、彼のキャリアの三角形の底辺は長いということです。そこで最後のステップをどうするのか。とても悩ましい選択ですね。グループホームやデイサービスのような介護職として違う仕事をしてみることで、三角形の面積の広がりは少ないけれど、尖った形にすることもできます。また介護タクシーや配食サービスのような形で独立してみることでこれまでとは違った経験や知識・技術を求められて成長することもできるかもしれません。

 

 

まあ、最後は自分の人生ですから自分のやりたいことをやってみるべきです。その中でも、私たちは仕事を通しても社会と関わっていかざるを得ませんので、社会の中での自分の仕事のキャリアがどのような形をしていて、どのように広がっていくのかを意識して知っておくことは大切です。その結果として、私たちの人生の幅が広がったり、豊かになることにつながるのではないでしょうか。