先生方と生徒さんたちに誕生日のお祝いをしてもらいました。今回のクラスには外国人の生徒さんもたくさんいらっしゃって、何と書いてあるのか分かりませんが(笑)、ホワイトボードのメッセージが多言語ですね!湘南ケアカレッジが創設されて13年が経ち、当時、38歳だった私も今年で51になりました。ケアカレの歴史が深くなるほどに、私だけではなく先生方も歳を取るのですね。時間の経過だけは万物に平等だと感じます。陳腐な言い方ではありますが、あっという間の13年間でした。
初めてのクラスが始まる前日の夜に机にテキストを並べながら、本当に生徒さんが来るのか心配になったことが、まるで昨日のように感じられます。拡大せずに町田だけの小さい学校のままですが、それでも毎日、一人ひとりの生徒さんたちと向き合ってきました。全力疾走とまではいかなくても、ずっと小走りでここまでやってきました。素敵な生徒さんたちと素晴らしい先生方に囲まれて、楽しく仕事をしてきました。
人生100年の時代に突入したとすれば、51歳はハーフタイムを終えて後半戦がスタートしたばかりということになります。幸いにも私の家系は長生きですから、今から人生の後半戦に入ったという感覚は間違っていないと思います。サッカーであれば、たとえ前半戦で少し負けていたとしても、後半戦の頑張り次第で逆転することもできますし、その逆も然り。前半と同様に、いや、それ以上に後半戦は大切な時間です。前半に比べると体力も消耗していますし、体もあちこちに痛みが出てきていますし、何なら頭も少しボーっとしてきていますが(笑)、もうひと踏ん張りして、試合終了の笛が鳴るまで動き続けなければいけませんね。
そういえば、誕生日の朝、インドネシア人の生徒さんから「誕生日おめでとうございます」と話しかけられました。「ありがとう。でも何で知ってるの?」と返したら、「話したじゃないですか」と彼は言います。その時は思い出せなかったのですが、あとから考えてみるとピンと来ました。彼が申し込みに来てくれた際、申込書の生年月日の欄に3月8日と書いたので、「1日違いだね。僕は3月7日、貴方は3月8日」と指を交互に差しながら話したのでした。生徒名簿を確認してみると、やっぱりそうでした。彼は自分の誕生日のこともあって、私の誕生日のことも覚えてくれたのでした。
このとき、人生の後半戦は、外国の人たちを日本の介護の世界に働きに来てもらって、共に生きていくための支援をする登録機関をやろうと心に決めました。もちろん、それまでも登録機関についてたくさん調べて、多くの人たちから話を聞いて情報を集め、事業としてのモデルを構築しつつありましたが、最初の一歩の踏ん切りがつかずにいました。その背中を押してくれたのが彼のひと言でした。こうした心のやり取りができる仕事を始めようと思いました。
介護の学校が登録機関をする意味は十分にあると思います。実際に介護の仕事を教えるのは現場ですが、学校としてサポートすることはできます。介護の技術や知識面はもちろん、言葉や生活の面でもサポートできるはずです。これからの数十年は、少子高齢化が進み、日本人だけの力では高齢者を介護できなくなります。介護の現場は外国人の手を借りなければ成り立たなくなるのです。それは決して暗い未来ではありません。インドネシアやミャンマーなどから来た、体も心も健康な若者たちに支えてもらって、私たちは生きていくのです。そのことによって、彼ら彼女たちは豊かになり、ゆくゆくは日本に家族を呼んで、家族をつくり、日本に住むひとりとして共に生きていくのです。
