「自分を愛する力」

介護職員初任者研修の中でもお話する、障害の受容ついて調べているうちに、なぜだか乙武洋匡さんの本が読みたくなり、ふらりと本屋に立ち寄ってこの本を手に取りました。乙武さんなら何かヒントをくれるかもしれない、そう思ったのでしょうか。本の帯から真っ直ぐにこちらを見つめる乙武洋匡さんの笑顔を見ると、障害の受容の体現者、いやもしかすると、受容という概念からは程遠い存在と思えないこともありません。本を読み進めていくうちに、良い意味でも悪い意味でも、その思いは裏切られていきました。

 

乙武さんは、障害の中でも最も重度とされる一種一級という認定を受けています。それだけの障害を背負って生まれてきた乙武洋匡さんの人生が、不幸行きの列車になるのか、それとも幸福行きの列車になるのか、その岐路は生まれて1ヶ月ごろにあったといいます。乙武さん本人によると、あまりにも奇抜な体であったため、普通ならば生まれてすぐに母親と対面するところを、およそ1ヶ月の間、母と赤ん坊だった乙武さんは離されたまま過ごしたそうです。

 

ようやく対面する日がやってきたとき、あまりのショックで母親が倒れてしまうのではないかと病院側は心配したそうですが、乙武さんの母が言った言葉は意外なものでした。

 

「かわいい」

 

この言葉が、この瞬間の母の感情が、自分の人生を決定づけたといっても過言ではない、と乙武さんは言います。もちろんその先には、近所の方々に障害を理解してもらうことから始まるあらゆる困難が待っていました。地元の公立小学校に入学するために、入学式以来、母が毎朝、小学生と一緒に集団登校の列に並び、子どもたちと談笑しながら約15分かけて乙武さんの車椅子を押して行き、授業中や休み時間の間はずっと廊下に用意されたパイプ椅子に座って、何かあったときのために待機していてくれたそうです。

 

それを3年半もの間、お母さまは続けました。当時は当たり前のこととして受けとめてしまっていた母の献身に、どうやって報いることができるだろうと乙武さんは振り返ります。そう、乙武さんの人生は、障害を受容されるところから始まったのでした。

 

息子として、教師として、そして父親として、乙武さんはそれぞれの立場から、どうして自分が明るく人生を生きられるかを語ります。この本の中に繰り返し出てくる「自己肯定感」こそが、自分を愛する力の源だと。そして、「自己肯定感」は自分だけの力によるものではなく、周りの人々の障害に対する考え方、感じ方、理解によって育まれるものであると教えてくれるのです。障害の受容や価値観の転換なんてものはあくまでも机上の空論であり、もしそういうことが可能であったとしても、それは本人だけの問題ではなく、周りの人々との関係性の中にこそあるのではないでしょうか。

 

そういえば、乙武洋匡さん主演の映画「だいじょうぶ3組」公開されていますね。家族で観に行きたいと思います。