「パーソナルソング」

卒業生から紹介されていた映画「パーソナルソング」を観に行ってきました。佐々木先生に先を越されてしまったこともあり、早く行かなければという焦りもあったのですが、ようやく公開終了までに間に合ったという満足感があります(笑)。いや、それで満足しているだけではなく、映画の内容としても十分に満足できた作品でした。無名の監督が撮ったドキュメンタリー映画ですので、正直あまり期待はしていなかったのですが、実にシンプルに、映画を通して、認知症の人々に対しても音楽が持つ力を活かしていこうというメッセージが伝わってきました。日本でもこのような活動をされている人々がいるならば、私も一緒にやってみたいと思えるほど、心から共感し賛同できました。


日本でも広まりつつある音楽療法との違いは、認知症の方その人にとっての大切な音楽(パーソナルソング)を聴いてもらうという点にあります。全員に対して同じ音楽を演奏し、聴いてもらうのではなく、ひとり1人にヘッドフォンとiPodを使って聴いてもらうのです。その人が小さい頃や若かった頃によく聴いていた思い入れのある音楽を聴くと、音楽の記憶とともに何かを思い出すのではないかという、ソーシャルワーカーのダン・コーエン氏の思いつきから始まった活動の長期にわたる記録や映像が残っているため、その効果を実際に私たちは目に見えて知ることができます。

 

それまでは外からの働きかけに何の反応も示そうとしなかった認知症の方が、パーソナルソングを耳にするだけで、身体を揺すりながらリズムを取ったり、声に出して歌い始めたり、昔のことを語り始めたりと覚醒する様子は感動的です。なぜかというと、それまでは生きているにもかかわらず深く隠れて眠ってしまっていた、その人の人間性や感情というものが蘇ってくるからです。まるでその人が生き返ったような感覚になるのが不思議です。私たち人間とは、呼吸をしたり、心臓を動かしたりしているから生きているのではなく、そこに感情やあるからこそ本当に生きていると感じるのだと思います。

 

この映画を通して、音楽の力を認知症の治療に生かそうというメッセージを投げかけるだけではなく、アメリカの介護の現場の問題も訴えられているのは見逃せないところでしょう。1ヶ月に1000ドルもかかる薬を投与することはできるが(しかも症状が劇的に改善されることはなく、副作用も大きい)、なぜiPodとヘッドフォンを1人1台用意することができないのか(もちろんその方のパーソナルソングを探していくという過程は時間が掛かるが、その人を知るという意味でも重要)。

 

その答えは、良くも悪くも、医療制度が確立されすぎていることにあります。アニマルセラピーも音楽療法も、結局のところは医療の周辺にあるものにすぎず、医療と医療でないものの間には高い壁があるというのです。効果があるから広まるだろうという想いが打ち砕かれたときにダン・コーエン氏が他の活動家から聞いた、「その壁の高さを知ることからまずは始めなければならない」という言葉は私の胸にも深く突き刺さりました。同じことは日本の介護や医療の現場にも当てはまるのです。私たちがどう抗おうとも、この制度の中に組み込まれてしまっている以上、まずはその壁の高さを知ることから私たちは始めなければならないのです。


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