若年性アルツハイマー病がテーマということで観に行きましたが、それ以上の何かを描き切った映画でした。若年性アルツハイマー病を扱った映画としては、日本の「明日の記憶」が最高峰だと私は思いますが、「アリスのままで」もまた観ておくべき映画だと感じました。前者が若年性アルツハイマー病そのものをリアルに悲劇的に表現した映画だとすれば、後者は私たちにとっての記憶とは、そして人生とは、家族とは、と改めて考えさせてくれる映画です。全編を通して美しく描きすぎているという批判はあるかもしれませんが、私たちの記憶とはもしかするとそういうものなのかもしれません。白い背景のエンドロール(私は初めて観ました)の透明感がそれを象徴していると思います。
ストーリーとしては、50歳を迎えたアリスは高名な言語学者であり、キャリアの全盛期を迎えていたばかりではなく、最愛の夫や将来性豊かな子どもたちに囲まれ、まさに美しい人生を送っていました。そんなある日、講義中に言葉を失ってしまったことをきっかけとして、軽い気持ちで受診したところ、若年性アルツハイマー病の診断が下ります。本人だけではなく、周りの家族も信じられない思いでしたが、症状は確実に進行していきます。言葉が思い出せなくなり、得意料理のつくり方や一度会ったことのある息子の彼女のことさえ忘れてしまいます。自分の家のトイレの場所が分からなくなり失禁してしまったときには、さすがにこの病の悲劇的な結末を受け入れざるを得ず、アリスは蝶のように短くても美しい人生を終えたいと、未来の自分に対して、とある仕掛けを施すのでした(この先はネタバレなので書きません)。
私がこの映画で最も印象に残ったのは、アリスが若年性アルツハイマー病の講演会で大勢の人々を前に話すシーンです。同じ個所を繰り返し読んでしまわないように、話したところを黄色のマーカーで塗りつぶしながら自分の書いた原稿を読む姿には、かつてそうであった頃の自分でありたいという強い想いが溢れています。過去が失われていき、未来も考えられない中で、「今この瞬間を生きている」というアリスの言葉に私たちは心を打たれるのです。私たちは過去にとらわれ、未来を思いわずらいすぎるからこそ、今この瞬間を生きることができないのではないだろうかと。
そういった意味において、記憶とは何なのだろうかと考えます。岡本太郎さんの「人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。僕は逆に、積み減らすべきだと思う」という言葉を私は思い出します。「生きるというのは瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて 現在に充実することだ。過去にこだわったり、 未来でごまかすなんて根性では 現在を本当に生きることはできない」とも彼は言います。「アリスのままで」を見た晩、私は自分にこう問いました。「今を本気生きているのか?」と。答えは否でした。
私たちは過去の記憶によって形作られていて、これまでに時間をかけて積み上げてきたからこそ、今の自分があるのも確かです。しかし、そこにあまりにも縛られてしまうと、今この瞬間はすぐに過去へと流れ去ってしまうのではないでしょうか。過去や未来があるというのは人間の思い込みで、本当は過去や未来なんてものはないのかもしれません。