介護職のための「事実」から状況を把握する考え方

先月のブログを読んだ卒業生さんから、「町田という地域や感染者の推移を踏まえて安全だと判断したと書いていましたが、どういう意味ですか?」という質問をいただきました。たしかに、そのような情報はテレビでも新聞でも発信されておらず、世の中にはコロナは怖い、危険だというイメージが溢れているばかり。卒業生さんだけではなく、私の妻も感染はまだ拡大していると思っているようですし、子どもに至っては先生や周りの大人の言うことを真に受けるしかないため、家にいるとき以外は屋外でもマスクをしなければならないと中学生なりに怯えています。ちなみに、北海道の友人と電話で話したところ、「東京ではコロナでバタバタ死んだ人たちが道端に横たわっているイメージがある」と言っていました(笑)。

 

 

*この文章は6月20日頃に先生宛に送った手紙であり、状況や数字は刻々と変わっても、基本的な考え方自体は変わりませんので、データ等はそのまま掲載しておきます。今の状況を把握するためには、今の数字を使って自分で考えてください。

 

今回の日本におけるコロナ禍に関しては、情報災害(インフォデミック)であるところが大きいと思います。恐怖感に襲われると、思い込みが激しくなるのは人間の避けられない習性であり、視聴者が観たい情報を誇大に提供するのがマスコミの役割だとしても、せめて専門家ぐらいは冷静に対応して、事実に基づく情報を発信してもらいたかったと残念に思います(もちろんそうしてくれた専門家も少数ですがいました)。一般の人たちが危険を察知していないときには「危ないよ」と警鐘を鳴らし、一般の人たちが過剰に恐れてパニックになっているときには「大丈夫だよ。冷静に」と落ち着かせるのが、専門家の役割だと私は思います。

 

さて、感染症対策は冷静な専門家に任せるとして、私たちが市民として、または介護職として知っておくべきなのは、今どういう状況にあるのかということです。世の中の空気感とかテレビでそう言っているというレベルではなく、事実に基づかなければいけません。このことに関しては、「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」という昨年に発売されてミリオンセラーになった本にも詳しく書いてあります。

 

著者のハンス・ロスリング氏は医師・公衆衛生学者として、エボラウイルスなどの対策に関わってきた経験や失敗から、いかに私たちが思い込みによって間違った認識や誤った判断をしてしまうかを痛感したそうです。それらは社会にとって不利益になるだけではなく、時として人の命をも失わせてしまうと感じ、事実に基づく世の中の見方を伝えることをライフワークに活動しました。興味のある方は、ケアカレ図書館で借りて読んでみてください(読みやすいですし、今の時代における必読本ですよ)。

ここでひとつ目の質問です(FACTFULNESS(ファクトフルネス)っぽく)。

 

問1 日本における新型コロナウイルスの感染状況は、

1 いまだに拡大し続けている

2 落ち着いてきている(ほとんど収束している)

3 そもそも最初から広まっていない(終息していた)

 

 

まずは世界各国の新型コロナウイルスの感染者数の累積データ(6月20日時点)を見てください。感染者数の上位10か国に中国と日本を加えた、外務省のデータです。

アメリカはあれだけ強いロックダウンを長期間にわたって行ったにもかかわらず、感染者数の増加に歯止めがかかっていませんし(人種差別抗議デモの前も後も)、南米のブラジルやペルーも増加中です。中国は武漢でのパンデミック時にやや増加しましたが、それ以降は収束していることが分かります。

 

 

このようなグラフを見るとき、重要なことは「横軸と縦軸の目盛りが等しい間隔になっているか」ということです。ワイドショーなどで用いられるグラフは、わざとあることを伝えたい(騙すという言い方もできます)ばかりに、目盛りを操作していることが多く、頭痛がすることがあります(笑)。上のグラフを見てもらうと、縦軸の目盛りも20万人ごとで等間隔になっていますし、横軸の日付も1週間ごとですね。

たとえば、上のようなグラフは意図的な操作が入っています。縦軸を見てもらうと、1目盛りが600人、6000人、6万人、と等しくなく、あたかも日本も他の国々とほぼ同様に感染拡大しているように映ります。

 

続いて、上位21から35位までに韓国と日本を加えた、最近の2週間のデータ(6月20日時点)です。

上位20位以下の国になってくると、中国、韓国、日本以外の国は微増傾向というところでしょうか。

 

これはあくまでも世界各国を比べたものであり、比較することも大切なのですが、それぞれに人口の多さが異なることも忘れてはいけません。たとえば、中国は人口が14億人であり、インドは13億人と日本の10倍以上、アメリカは3億3000万人と日本の3倍近いです。人口が多ければ、それだけ感染者数も多いのは当然で、単純に感染者数の比較だけでは意味がありません。

 

数字を見たり、比較したりするときには、必ず「分母」を入れなければいけません。そうしないと、妙に数字が大きく見えたり、逆に小さく見えてしまったりする錯覚が起こってしまうのです。たとえば、同じ39人でも、100人中の39人だとずいぶん多いのですが、1000万人中の39人だとかなり少ないということになります。「分母を入れる」ことで事実を正しく認識することができるようになります。

 

 

それでは、その国の人口を分母にした(1万人あたりの)感染者数データを見てみましょう(6月20日時点)。

1万人あたりの感染者データとしては、カタールの315人がダントツですが、アメリカも66人と多いですね。おおざっぱに言うと、アメリカでは100人に1人(1%)が感染しそうになっているので、近所に数名の感染者がいたり、知り合いや友人に感染者が出てきたりという状況です。医療機関や介護施設だけではなく、市中にも感染が広まったということです。日本は1人と、1万人に1人(0.01%)なので、いわゆる万が一という程度の感染状況です。風の噂では聞くことはあっても、身の回りの知り合いに感染者を見つけるのは難しいという感じですね。

 

日本はPCR検査を積極的に行っていないから、感染者数は正確ではないと思われる方は、同じことを死亡者数で行ってみても、ほとんど同じような結果が得られます。まれに感染者数に対して異常に死者数が多い国(ベルギーなど)もありますが、日本は人口比の感染者数も死者数も極めて少ない国です。

 

ここまでくると、世界の国々と比べても仕方ないという声もチラホラと聞こえてきます。そう、世界は広いですし、うちはうちでよそはよそ(笑)、ウイルスは国を選ばないとはいっても、もう少し焦点を絞って日本だけを見てみましょう。

 

続いて2つめの問題です。

 

問2 

東京や神奈川などの首都圏における新型コロナウイルスは、

1 いまだに拡大し続けている

2 落ち着いてきている(ほとんど収束している)

 

3 そもそも最初から広まっていない(終息していた)

 

まずは日本における1日の感染者数の推移グラフ(6月19日時点)を見てみましょう。見事な山なりの形をしていますね。ちなみに、これは感染者数の累積(足していったもの)グラフではありません。累積にすると右肩上がりになるのは当然で、あたかも感染が拡大しているように見えます(下の赤線グラフのように)。

 

続いて、日本全国の中でも最も感染者が多い東京都の感染者推移データです。

6月中旬あたりから、やや感染者数が上昇傾向にあるように見えますが、半分以上は夜の街で検査を行ったことによる感染者の増加であり(偽陽性含む)、その他医療機関の院内感染を除くと、ほとんど増加傾向はないと考えてよいはずです。つまり、日本全国だけではなく、東京も同じく山なりのグラフを描いているということです。とはいえ、感染経路不明が15人と聞くと、自分の周りにもいるのではと感じるかもしれませんが、東京都の人口は1300万人ですから、「分母」を入れて考えると15/13000000、およそ1日100万人に1人が感染する現状ということです。

 

100万人に1人というとイメージしづらいと思いますが、満員の東京ドーム(5万5000人収容)が20個あって、その中の1名が感染するという確率です。余計に分かりにくいですかね。ちなみに、東京都で1日の感染者数が最も多かったときでも200人程度でしたので、200/13000000、約6万5000人に1人の感染者という感じです。満席の東京ドームにひとりいるかいないかでした。

 

もう少し解像度を上げて、東京都の区市町村別(各区や市町村が発表したもの)感染者数のデータを見てみましょう。

圧倒的に多いのは新宿区と世田谷区ですかね。院内感染が起こった病院のある区は数字が跳ね上がっています(院内感染は防ぎようがないのだと思います)。これも分母を入れて考えてみると、さらに詳しく見えてきます。新宿区の人口は33万人、世田谷区は93万人、町田市は43万人が分母です。かなり多く見える新宿区でさえ531/330000ですから、0.16%、トータルで500人に1人いないぐらい。ちなみに町田市は現在55名ですから、55/4300000.001%、1万人に1人ぐらいですね。

 

 

新宿区、世田谷区を中心として、その周辺の地域にも感染者が拡がっていることが分かります。ただこれだけ多くの地域に住む人々が通勤や通学で都心へと移動しているにもかかわらず、都心から少しでも離れると感染は広がっていないとも解釈できますね。

 

最近の状況を見てみると、新宿区が90名と突出していますが、これは前述したように夜の街関係ですね。町田は1週間で1人となっています。逆にこれだけ少ないと、その1名は誰だ、公表しろと言う人が出てきそうで心配です。最近、相模原市の小学生が感染者となり、学校が休校になって、消毒したとのことで、そこまで大げさにするべきなのかと思いつつ、その子が可哀想でなりません。誰だって感染する可能性はあるのだから、いちいち差別せずに受け入れようよと思います(笑)。

神奈川県にお住まいの先生方や生徒さんたちも多いので、簡単に見ておくと、東京都よりも状況は圧倒的に良いです。人口比でいうと、相模原市(70万人)は町田よりも良くて、横浜市(372万人)と川崎市(147万人)は町田よりもやや悪いのですが、それでも1万人に1人レベルです。

特に6月に入ってからは神奈川県全域で感染者数が0~5名を推移しています。これでは市中には私たちが感染するレベルのウイルス量が(今は)存在しないと考える方が自然ですし、むしろ感染する方が難しいのではないでしょうか。

 

最後におさらいをしておくと、事実に基づいて世界を見るためには、まずは「比較してみる」、その際に用いるデータのグラフは「目盛りは等間隔」であることが前提で、さらに数字単体ではなく、「分母」を入れることが大切です。

 

 

決してコロナによる953名の死者(6月20日時点)が少ないということではなく、1人ひとりの命に想いをはせつつも、世の中にはたくさんの人たちが住んでいて、日本では毎年100万人以上の方々が亡くなっており、それはつまり(目に見えないだけで)1日3000名以上ががんや肺炎や心疾患、不慮の事故(交通事故など)など何らかの病気や事故で死んでいることも忘れてはいけません。事実に基づいた見かたができるだけで、生と死を上手に受け止め、安全とリスクを適切に扱うことができるのではないでしょうか。

 

結局のところ何が言いたいのかというと、コロナは日本では大したことないとか、町田ではもう大丈夫だということではなく、事実に基づいて世の中を見ることで少し安心しませんか、ということです。テレビやスマホばかり見ていると不安を煽られてしまうかもしれませんが、事実やデータをきちんと把握することでバランス良く世界が見えてきます。そうすることで、必要以上に怖れることも、ストレスを感じることもなく、心穏やかで平和な暮らしが送れるのです。そしてこの先、万が一、本当に危険な状況になりそうなときには察知することができ、それに見合った対策やリスクコミュニケーションもできるのではないでしょうか。介護という専門職に携わる人たちには、そうあってほしいと私は思います。