間違っていたら、謝って、元に戻す

先日、広告会社の新人さんと話をしていたとき、「資料請求者に対して、電話がけをしてみたらどうでしょうか?」と提案されました。彼は良かれと思って他の学校が行っている方法を提案してくれたのですが、「うちはそういうことはしないようにしてるんだよね。だって、ネットで資料請求をしただけなのに、営業の電話がかかってきたら嫌でしょ?自分がやられて嫌なことはしたくないんだよね」と返しました。「そうですね。僕も電話かかってきたら嫌です」と彼は素直に答えて、納得してくれました。

 

実はこの「資料請求者に対して電話をかけて、あわよくば学校説明会や見学に引っ張り込む」という手法は、20年以上前から介護のスクール業界にも広まっています。私が三幸福祉カレッジにいたとき、他校の調査目的で、全ての学校から個人名で資料を請求してみたところ、いくつもの学校から携帯に電話がかかってきました。買い物をしているとき、電車に乗っているとき、コーヒーを飲んでいるとき、ところ構わずかかってきました。とりあえず資料を見てから検討しますと、丁重にお断りするだけでも大変でした。

 

介護の研修を受けようと思う人たちは、基本的には優しく、上手く断ることができずに学校見学のアポを取らされてしまい、行ったところをその場でクロージング(申し込み)という流れはたしかにあります。引っ越し業者の資料請求のようにやりすぎてしまうと問題になりますが(引っ越し屋さんの一括資料請求をすると、請求ボタンを押した瞬間に電話がかかってくるという都市伝説があるほどです)、無理強いしているわけではないので、それはそれで営業の手法のひとつとして否定されるものではありません。たとえば10人の資料請求者のうち、9人に少しの迷惑をかけたとしても、1人が自分たちの学校に入ればそれで良いという発想は企業努力だと言われればその通りかもしれません。

 

私が資料請求者に対しての電話がけをしないのは、相手が嫌がることはしないという倫理的な問題というよりも、実はあまり意味がないと知っているからです。わざわざ電話をかけて申し込ませた生徒さんは、普通に送られた資料を見ても自然に申し込みをしてくれたかもしれません。こちらが電話をかけたから相手は申し込んだ、という因果関係は意外とあってないようなものです。何もしなくても申し込みする人はしますし、申し込まない人は何をしても申し込まない。資料請求なのですから、資料を見て判断してもらえば良い話なのです。

 

また、電話をかけたばかりに、離れてしまう生徒さんもいると思います。「他校からはしつこく営業電話がかかってきて嫌だったので、こちら(ケアカレ)にしました」と言っていた生徒さんもいました。電話をかけたから申し込んだ人もいるかもしれませんが、その裏では、電話をかけたから申し込まなかった生徒さんもいるということです。いわゆる逆効果と言うやつです。効果は目に見えやすい反面、逆効果は目に見えないものです。

 

一度やり始めてしまうと、止められなくなるのが最大のデメリットです。今、生徒さんが来ているのが電話営業のおかげなのかどうか分からなくなってしまうので、やり続けるしかなくなってしまいます。何かを始めるときに、それは本当に効果があるのかどうか、それはどのように測定するのか、むしろ逆効果ではないのか、効果がないと判断して止める基準はあるのかなど、冷静に決めてから始めないと、意味のない仕事を延々と続けなければならない無限地獄に陥ります。

 

自分ひとりの問題であれば、意味がないと気づいたら止めて、元に戻すのは比較的簡単ですが、組織や集団となるとかなり難しくなります。私たち日本人は、足し算は上手だけど引き算が苦手と言われるように、仕事を加えていくことはしても、仕事を減らすことができません。一度動き始めた歯車は延々と同じ方向に回り続けます。ほぼ全員が間違っていると分かっていても、間違っていたことを絶対に認めないマンがいることで、元に戻すことは難しくなるのです。もし間違っていたら、「あのときの判断は間違っていました。ごめんなさい」と謝って、元に戻す(何もしない)だけで良いのです。しかし現実は、プライドや立場が邪魔をしてできないのです。英語ではFoolish Pride(フーリッシュプライド)と言ったります。しょうもないプライドという意味です。

 

私たちの周りには、ほんとうは意味がないのに、一見効果がありそうなことを一度やり始めてしまって止められなくり、延々とやり続けていることがたくさんあるはずです。自分たちのみならず、後輩たちや次の世代にまで押し付けて、やり続けさせようとする強い意志さえ感じることがあります。もはや科学的にも理論上も全く意味がないし、やっている本人たちも意味がないと分かっているにもかかわらず、失敗を認めることができないばかりに、自分たちで止めることができなくなってしまっているのが現状です。

 

 

自分たちの力で元に戻せない以上は、外からの手を借りるしかありません。いつまでそんな意味のないことやってるのですか?と言ってくれる外の人が必要です。もしくは、外の空気を吸うことです。自分とは違う世界に行ってみて、異なる人たちと交流することです。自分たちの間違いを謙虚に受け入れる人たちが増えれば、私たちの世界は大きく変わることができるのではないでしょうか。